各局で報道番組が必ずといってよいほどありますが、報道番組の主旨は何でしょうか。ちょっと考えてみたいと思います。報道番組はもともと純粋なニュースと、それとは別にバラエティー的なお昼の番組の2系列があったと思います。そこへ1980年代、バブル経済が育ち始めた頃にあの有名なステーションが始まり、キャスターが主体性をもった意見を述べるなどしてニュースに解説的なものを多く付けるものがはやり始めたのが始まりだったような気がします。現在では、各局がしのぎを削ってどの報道番組が面白いか、視聴率が採れるかで混戦模様です。また、報道番組的なものが現れてから30年ほど経つので、世代交代や紆余曲折などがあって、番組そのものが育ってきてはいると思います。報道番組の主旨としては、各放送局の主張・考えとそれぞれの番組キャスターの思想や感受性が複雑に絡み合って、なんとなく番組として出来上がっているのではないかと思います。そういった意味で主旨というほどのものは少ないかもしれない。今後の報道番組の主旨、主体性はどうなっていくかについては、知る由もありませんが、現状から考えてどうなって行くかを占いたいと思います。まずは視聴率がもっとも重視されます。視聴率で勝てなかった番組は改編の憂き目にあっていて、結構これが明確です。それではどうやって視聴率を上げていくかについては、キャスターとして起用したスターの大きさ、人気、カツゼツの良さがポイントになるでしょう。ただし、主張が強すぎるキャスターは好まれない傾向にあるようです。あまりキャスターとしてしゃべらなくても面白い人がいるだけでよいという点もあります。
最近もまた報道番組の大きな意義を感じざるを得ない出来事がありましたね。3月11日、あの日は日本中のほとんどの人がテレビにくぎ付けになっていたと思います。私もあの日大きな揺れのあった首都圏にいましたが、その後町に出ると多くの人が店舗にあるテレビに黒だかりを作っていました。スポーツ中継等でサラリーマンが家電店の前に集まっているのはたまに見ますが、それとはまったく違う、老若男女が町のテレビにくぎ付けになるというのは滅多に見るものではありません。覚えている限りで一番近いのは、阪神大震災の中継の報道番組であったと思います。
3月11日に発生した東日本大地震以来、報道番組に対しての私の考え方に以前とはすこし違いが出てきたので、以下にそれについて述べてみたいと思う。大地震が起こる前、私が見ていた報道番組はN○Kの定時のニュースがほとんどであった。3月11日以降しばらくはN○Kはもとより各民放ともに長時間津波事故の様子を伝えていた。直後に福島の原発事故が重なったため、報道番組はますます長時間に及んだ。
報道番組とは、特定のニュースに特化した番組編成を行い、これを放送することを言う。報道番組の歴史は、外国から始まる。最初は、ラジオ放送だけであった。日本で報道番組が作られたのは、1960年代が始まりだ。ある国の戦争の模様を報道した。これは革命的なことであった。なぜなら、それまでは事前に用意した原稿を読み上げればそれで良かったのだが、戦争ともなれば何時何が起こってもおかしくない状況なのだ。
私は時間のある時、よく報道番組を見ています。報道番組は、番組独自の視点から、さまざまなニュースの裏側にまで迫る、その追跡なんかが好きで、よく見ているのですが、報道番組を見ていると、その情報は本当に正しいのかどうか、疑問に思うときも正直あります。ニュースなどのように事実だけを伝えている番組であれば、内容は事実だけにとどまっているので、誤解などもないのですが、報道番組だと、番組の作り方によって、解釈の仕方が変わってしまうこともあります。そして、報道番組は、見ている人に対する影響がとても大きいのも特徴です。
報道番組は各テレビ局で放送されているが、どんな番組が見られているだろう。企業や経済情報が充実している番組には人気があるといえる。またキャスターの解説がよいなどの理由で人気になる番組もある。先日の震災では、報道番組が各社多くの時間を割いて放送されていた。その報道に姿勢については一部に批判があるのは間違いないだろう。震災の悲劇を伝えようとするあまり、その報道姿勢が偏ってしまった面も否定できないといえる。それでも、報道番組は一般に必要なものといえるだろう。